部下が自分の弱さを認めようとしない。失敗を振り返ると、言い訳になるか、ひどく落ち込むかのどちらかになる。そんな部下を前に、「自己肯定感を上げてあげたい」と考える上司の方もいると思います。
この記事では、自己受容の意味と自己肯定感との違いを整理したうえで、自律型人材育成プログラムInsideSparkが自己肯定感ではなく自己受容を大切にしている理由を紹介します。
自己受容とは
自己受容とは、良い面も悪い面も含めて、今のありのままの自分を事実として受け入れることです。
「受け入れる」は、「好きになる」や「満足する」とは違います。自分には弱いところがある。その事実を、否定も言い訳もせずに、自分の一部として認める状態です。
受け入れることは、あきらめることとも違います。今の自分を正確に知っているからこそ、どこから変えればいいかが見えてきます。
自己受容と自己肯定感の違い
自己肯定感の本来の意味
自己肯定感という言葉は、心理臨床家の高垣忠一郎氏が広めたとされています。氏の著書『生きることと自己肯定感』(新日本出版社、2004年)はそのうちの一冊です。
高垣氏は2009年の講義で、自己肯定感を「自分が自分であって大丈夫」という感覚だと説明しています。そして、これは「できる・できない」で決まる肯定ではなく、存在そのものを肯定するものだと明言しています。
現代の使われ方
ところが今、自己肯定感という言葉は、「自分はできている」「自分には価値がある」という評価や、その日の気分の上がり下がりの意味で使われることが多くなっています。「自己肯定感が下がる」「病む」といった言葉とセットで、手軽に使われている印象です。研究の世界でも定義は定まっておらず、英語の「自尊感情(self-esteem)」と近い意味で扱われることもあります。
InsideSparkでの使い分け
InsideSparkでは、2つの言葉を次のように使い分けています。
・自己受容:今のありのままの自分を受け入れること
・自己肯定感:自分の存在意義や意味を模索すること
そのうえで、育成の場面では自己肯定感よりも自己受容を大切にしています。存在意義や意味を探ることにも価値はありますが、その出発点は、今の自分を事実として受け入れることだと考えているからです。
自己肯定感を上げても、成果が上がるとは限らない
「自信がつけば、成果も出るはず」。そう考えるのは自然なことです。ところが研究では、少し違う結果が出ています。
アメリカの心理学者バウマイスター氏らは2003年、自尊感情(自己肯定感に近い概念)についてのたくさんの研究をまとめて検証しました。
自尊感情が高い人ほど成果も高い、という傾向は、弱いながら見られました。ところが「自信があるから成果が出た」のか、「成果が出たから自信がついた」のかを調べると、後者の面が大きかったのです。
たとえば、テストで良い点を取った生徒は自信をつけます。でも、先に自信だけを高めても、点数が上がるとは限りません。実際、子どもの自尊感情を高める取り組みで成績が良くなったという証拠は見つからず、かえって逆効果になる場合もあると報告されています。仕事の成果についても、自尊感情が成果を生むという関係は確かめられていません。
一方で、自尊感情の高い人は、失敗したあとも粘り強く取り組みやすい、という結果も出ています。失敗のあとにどう向き合うか。ここに、自己受容が関わってきます。
弱さを受け入れた人ほど、改善に向かう
失敗や弱さを、自分を責めずに受け止める。これが成長にどう影響するかを確かめた実験があります。
カリフォルニア大学バークレー校のブラインズ氏とチェン氏は2012年、4つの実験を行いました。扱ったのは「セルフ・コンパッション」という、失敗した自分を責めずに思いやりをもって受け止める姿勢です。自己受容に近い考え方です。
この姿勢で失敗を受け止めた人は、何もしなかった人や、自信を高める働きかけを受けた人に比べて、次のような違いがありました。
・自分の弱点は、努力で変えられると考えるようになった
・難しいテストに失敗したあと、次に向けた勉強時間が長くなった
・自分の弱点を変えたいという意欲が高まった
研究者たちは、失敗を厳しく責めずに受け入れることが、かえって改善への意欲を高めるようだと結論づけています。弱さを認めることは、成長を止めることではなく、成長の入り口になるということです。
強い競争環境で育った人ほど、自己受容が難しい
InsideSparkの受講者に、強い競争環境で育ってきた人がいました。そうした環境では、弱いところを見せることや、自分の弱さを認めること自体が「負け」になります。
すると、物事を偏った見方で捉えていても、その偏りに気づけなくなります。弱さにつながる情報を、無意識のうちに外してしまうからです。
その受講者は、今の自分にもそういう一面があると、事実として受け入れました。そこから考え方に柔軟さが生まれ、偏った見方が外れていきました。そして、成長していく過程そのものを楽しむようになりました。InsideSparkが目指す自律型人材のあり方は、自律型人材とは?伴走で育てる人材育成とつながる話です。
成果を出してきた人、負けず嫌いな人ほど、この壁は高くなります。優秀な部下ほど弱さを見せないのは、性格の問題ではなく、そうしなければ勝てない環境で育ってきたからかもしれません。
InsideSparkでの自己受容
InsideSparkでは、受講者に渡す資料「InsideSparkとの上手な付き合い方」に、内省の土台として「等身大で弱さも認める、自己受容から始める」と書いています。具体的には次の2つです。
・自分自身を大きく見せないこと
・弱い自分も、自分の1つの要素と認めること
受講者は毎日、AIコーチング(ウチガワ)で自分の考えや悩み、不安を言葉にして内省します。この内容は社内に公開されるものではありません。だからこそ、ありのままの自分に向き合えます。
そのとき大事にしているのが、ダメだった部分を悔やむ「反省」ではなく、出来事を客観的に見て深掘りする「内省」です。
事実を観察する内省については、内省とは?研修をしても部下が変わらないのは、事実を観察していないからだったで詳しく書いています。さらに毎月のグロース・ガイド面談では、内省した内容を受講者がコーチに言葉で伝えることで、もう一段深く掘り下げます。自己受容は、口頭ではこの面談の中で丁寧に扱っています。
自己受容の先にある自己効力感
自己受容の先に、InsideSparkが重視しているものがあります。自己効力感です。
自己効力感とは、心理学者のバンデューラ氏が提唱した、「自分ならできる」という見込みのことです。根拠のない自信や無謀な過信とは違い、「これならできそうだ」という現実的な見通しを指します。バンデューラ氏は、自己効力感を高める一番の源は、実際にやってみてうまくいった経験だとしています。
InsideSparkでは、自己受容が自己効力感を高める要因になると考えています。理由は3つあります。
失敗への恐れが減り、挑戦が増える
自己受容がないと、「失敗したら自分の価値がなくなる」と恐れて、挑戦を避けるようになります。挑戦しなければ、うまくいく経験も積めません。自己受容があれば、「失敗しても自分の価値は変わらない。それが今の実力だ」と考えられます。そのため気軽に挑戦でき、うまくいく経験につながりやすくなります。
自分の現在地を、正しくつかめる
自己受容ができている人は、今の自分にできることとできないことを、客観的に見られます。だから過信も過小評価することもなく、野心を持ちながらも自分の実力に見合った「少し頑張れば届く段階的な目標」を別途置くことができ、小さな成功を積み重ねていけます。
失敗を「能力の否定」ではなく「やり方の課題」と捉えられる
自己受容ができていないと、失敗したときに「やっぱり自分はダメだ」と落ち込みます。自己受容ができていれば、「今回はやり方が悪かっただけ。次は工夫しよう」と、行動の改善に目が向きます。
先ほどの実験で、失敗を受け止めた人が「弱点は努力で変えられる」と考えるようになったのと同じ方向です。
未来に向けて「1年後、自分を盛大に承認できるか」を問う関わりも、この考え方とつながっています。詳しくはフィードフォワードとは?フィードバックとの違いと部下育成での使い方にまとめました。
この記事のFAQ
自己受容と「開き直り」は、何が違いますか?
開き直りは、今の自分を変えない理由にするものです。自己受容は、今の自分を変えていく出発点にするものです。どちらも弱さを認める点は同じですが、その先に向かう方向が逆です。
違いが表れるのは、そのあとの内省です。開き直ると、「これが自分だから」で考えるのをやめてしまい、内省はそこで止まります。自己受容は、弱さを事実として受け止めたうえで、「何が起きたのか」「次はどうするか」と内省を続けます。弱さを認めたあとに振り返りが続くかどうかで、2つは分かれます。
まとめ
・自己肯定感を上げることを目的にせず、今の自分を事実として受け入れることを出発点にする
・失敗のあとは、責めるよりも受け止める方が、次の改善につながる
・弱さを見せることが「負け」になる環境では、偏りに気づけない。弱さを安心して言葉にできる場をつくる
・「反省」ではなく「内省」で、出来事を客観的に振り返る
正直に言うと、自己肯定感という言葉が手軽に使われるようになるほど、僕はこの言葉から距離を置くようになりました。上がった、下がったと気分で語られるうちに、本来の「自分が自分であって大丈夫」という意味から離れていくように感じたからです。
弱さを認めることは、強い人ほど難しい。でも、今の自分を受け入れた人から、成長の過程を楽しめるようになっていきます。InsideSparkが自己受容から始めるのは、そのためです。
部下の育て方や関わり方に迷ったら、無料の個別相談会でお気軽にご相談ください。
出典
・高垣忠一郎(2009)「私の心理臨床実践と『自己肯定感』」立命館産業社会論集, 45(1). https://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/2009/45-1_03-02.pdf
・Baumeister, R. F., Campbell, J. D., Krueger, J. I., & Vohs, K. D. (2003). Does high self-esteem cause better performance, interpersonal success, happiness, or healthier lifestyles? Psychological Science in the Public Interest, 4(1), 1–44.
・Breines, J. G., & Chen, S. (2012). Self-compassion increases self-improvement motivation. Personality and Social Psychology Bulletin, 38(9), 1133–1143.
・Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215.



