「指示待ちの部下を、なんとか自分から動く人材にしたい」
この悩みに対して、心理学の分野で1985年から研究され続けてきた「自己決定理論」が、かなり具体的な答えを出しています。
デシとライアンという2人の心理学者が提唱してから40年、内発的な意欲がどう生まれ、どう失われるかについて、たくさんの検証が積み重ねられてきた理論です。
この記事では、自己決定理論の中身と、それを裏付ける最新の国内データ、そして現場で応用する際の注意点までを解説します。
自己決定理論とは
自己決定理論(Self-Determination Theory)は、1985年にアメリカの心理学者エドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏によって提唱された、人間のモチベーションに関する理論です(日本の人事部「自己決定理論とは|意味、三つの欲求、事例を解説」より)。
この理論の中心にあるのは、人は誰かに指示されて動く(have to)よりも、自分の意志で動く(want to)ときの方が、はるかに高いパフォーマンスと満足度を発揮する、という考え方です。
そして人が「want to」の状態になるためには、自律性・有能感・関係性という3つの基本的な心理欲求が満たされる必要があるとされています。
なぜ今、この理論が重要なのか
自己決定理論は40年前の理論ですが、今の日本の職場で、まさにこの3条件が崩れつつあることを示すデータが揃っています。
1. 自律性:「50人の壁」で、裁量が失われる企業がある
自律性は、自分の行動を自分で選択できているという感覚です。

株式会社アジャイルHRが東京大学と共同実施した「A&Iエンゲージメント標準調査」(2026年、全国10,576人対象)によると、柔軟な働き方や個人の裁量を示す「仕事のコントロール」というスコアは、企業規模によってはっきり差が出ています。
50人未満の企業では2023年の2.72から2026年に2.87へ上昇している一方、50〜99人の企業では2023年の2.61から2026年に2.56へと悪化しています。
同調査は、属人的マネジメントから制度的マネジメントへ移行する過渡期の組織が抱える「50人の壁」が、この結果に表れていると分析しています。一方で、3,000人以上の企業ではスコアが上昇しており、規模の大きさそのものより、仕組みが追いつかない移行期に裁量が失われやすいことがうかがえます。少人数のうちは目の届く範囲で判断できていたことが、50人を超えるあたりから、管理下で実行する必要に迫られていく。
この移行の過程で、自律性を保ったまま成長する仕組みがなければ、裁量はどこかで頭打ちになります。
2. 有能感:成長機会は、年々奪われている
有能感は、自分にはできるという実感です。

同じ調査では、20代以下と30代で「会社レベルの資源」というスコアを比較すると、30代は20代以下より0.44低い。役職に就く前で裁量も権限も乏しい30代が、構造的な孤立に陥っている可能性があると分析されています。
小分類項目を見ると、30代の「成長の機会」というスコアは、2024年の2.67をピークに、2025年2.59、2026年2.51と低下を続けています。このデータは、Job総研「2026年 上司と部下の意識調査」(社会人421人対象)とも符合します。同調査では、上司の69.9%が「部下の主体性」などに困りごとを抱えていると回答しています。
挑戦する機会そのものが減っている中で、上司の側は「なぜ主体的に動かないのか」と感じている。この噛み合わなさが、有能感が育つ機会をさらに狭めていると考えられます。
これまで僕は20代から30代の中堅に至るまで、様々な育成を行ってきましたが、年齢が上がるほど挑戦への怖さは増していきます。だからこそ、失敗してもいいという前提で挑戦できる機会を、意図的に用意する必要があります。

3. 関係性:部下が上司に求めるものと、上司の悩みのズレ
関係性は、自分は周囲とつながっている、受け入れられているという感覚です。

Job総研の同調査では、部下が上司に求めることの1位は「心理的安全性」でした。一方で、上司側が挙げた困りごとの1位は「部下の主体性」です。
しかも面白いのは、上司側の悩み(部下の主体性)が自律性・有能感側の課題であるのに対し、部下側の悩み(心理的安全性)が関係性側の課題であるという綺麗な対応関係になっていることです。
上司と部下は、同じ職場にいながら、実は別の欲求について困っています。この噛み合わなさに気づかないまま、それぞれが自分の側の課題だけを解決しようとしても、うまくいきません。
実際に見られた変化
僕自身がこの3条件を意識して伴走している中で、実際に変化が見られた例があります。
ある広告代理店でリーダー職を務める方は、業務時間外の学習が「やらなければいけないこと」から「知らないことを知りたいという知的好奇心」に変わりました。have toからwant toへの変化です。この変化がどんな順序で進むのかは、「内発的動機づけとは?「やらされる」が「やりたい」に変わる4段階」で整理しています。
上司の側からも、変化ははっきり見えたそうです。以前は他者から借りてきたような言葉で語られていた報告が、実体験や自分ごととして語られるようになりました。
もう一つ、上司の目から見て特に大きかった変化があります。以前は「自分がダメだったせいです」という自責で終わっていたことが、今は原因を特定し、何を改善するかまで自分の言葉で語れるようになった、といいます。自分を責めて終わる姿勢から、状況を引き受けて動く姿勢への変化です。
この変化の背景にあったのは、目的やゴールは共有しつつ進め方は本人に委ねる関わり方(自律性)、少しずつ挑戦できる課題設計(有能感)、そして日常的な関わりの中で「見てもらえている」という実感(関係性)です。3つの条件が揃ったとき、学びは「やらされるもの」から「自分から求めるもの」に変わります。
現場で応用する際の注意点

これは僕のこれまでの失敗の実体験も交えてお伝えします。
3つの条件は、それぞれ独立して動機を高める効果を持ちますが、一つに偏った関わり方をすると、他の欲求が満たされないまま放置されるリスクがあります。
自律性だけを高めて「好きにやっていい」とだけ伝えても、有能感が満たされていなければ、不安の中で自由を持て余すことになります。有能感を高める指導ばかりを重ねると、今度は自律性を感じにくくなります。関係性があっても、自律性と有能感を満たす機会がなければ、居心地は良いが成長を感じにくい職場になります。
3つの条件をバランスよく満たす仕組みを設計することが、内発的動機を育てる上での本質的な課題です。
そしてもう一つ、データから見えてきた重要な点があります。
これらの課題は、管理職になってから対処しようとしても遅い、ということです。
「会社レベルのスコアが低い原因の多くは職場運営に起因する」と分析されていますが、これはマネジメントの問題である以前に、多くの管理職自身が、時代の変化に見合った育成のフローを踏まないまま、その立場に置かれているという問題でもあります。
人は、知らないことには気づけません。管理職になってから自律性・有能感・関係性を学ぶのではなく、なる前の段階で、その扱い方を身につけておく必要があります。その土台として何を整えておくとよいかは、「管理職育成の土台は昇進前にできている。エンゲージメント低下から考える」で、ギャラップのデータをもとに考えています。
この記事のFAQ
1.自己決定理論は、中小企業や少人数のチームでも使えますか?
使えます。InsideSparkの1グループに参加頂ける人数は3名までです。人数が少ないほど一人ひとりの自律性・有能感・関係性に目が届きやすく、変化も早く表れます。大がかりな制度改革はいりません。日々の仕事の任せ方と、挑戦を拾う関わり方から始められます。詳しい内容はプログラム内容で公開しています。
2.3つの条件のうち、どれから手をつけるべきですか?
関係性からがおすすめです。安心して話せる関係がないまま「自分で決めていい」と自律性だけを求めると、部下は突き放されたと感じます。まず安心して話せる場をつくり、そのうえで任せる範囲を広げていくのが現実的な順番です。この「安心して話せる場」として1on1が機能しているかどうかは、「1on1が意味ないと感じる本当の理由と、機能させる3つの条件」で確認できます。
まとめ
・内発的動機を生む3条件(自律性・有能感・関係性)が、国内の最新調査データでも崩れつつあることが確認できる
・3条件はそれぞれ独立して動機を高めるが、偏った関わり方をすると、満たされない欲求が放置されるリスクがある
・課題は管理職になってから対処しようとしても遅い。なる前段階からの設計が必要
正直に言うと、この3条件は特別なテクニックではありません。人間なら誰もが本来持っている欲求に、ただ正直に向き合っているだけです。
指示待ちの状態から自ら考えて動く自律型人材への転換は、気合や根性の問題ではなく、この3条件を満たす仕組みがあるかどうかの問題だと、僕は考えています。
自社の育成の仕組みが、この3条件をどこまで満たせているか。一度確認してみることをおすすめします。
「やる気を出させる」の発想をやめて、「やる気が生まれる条件を整える」に切り替える。部下の育成に悩んでいる方は、まずこの視点の転換から始めてみてください。
この3条件を、InsideSparkがどうプログラム設計に落とし込んでいるかは、「なぜInsideSparkは自己決定理論を中心に据えているのか?」で解説しています。近い考え方を、「なんとなく仕事がつまらない」という日常の感覚から解説したのが、「仕事がつまらない」は本人だけの問題ではなかった?です。
自社の場合はどうなのかを相談したい方は、無料の個別相談会でお話を伺います。
出典
・日本の人事部「自己決定理論とは|意味、三つの欲求、事例を解説」
・株式会社アジャイルHR「2026年版第4回全国1万人従業員エンゲージメント調査結果速報」(2026年)
・Job総研「2026年 上司と部下の意識調査」



