下期の目標設定面談が近づくと、迷う上司は少なくありません。
目標は上司が決めて渡すべきか、それとも部下に自分で決めさせた方がいいのか。決めさせれば主体性が育ちそうな気がする一方で、低い目標しか出てこないのではという不安もあります。
この記事は、自律型人材の育て方を多角的に解説するシリーズの一つです。
今回は、目標設定理論とは何かを整理したうえで、「部下に目標を決めさせるべきか」という問いに研究がどう答えてきたのか、そして目標設定面談で上司ができることを解説します。
目標設定理論とは
目標設定理論は、米国の心理学者エドウィン・ロック氏とゲイリー・レイサム氏が、長年の研究をもとにまとめた理論です。中心にあるのは、目標の立て方によって、人の成果が大きく変わるという考え方です。
2人が35年分の研究を振り返った論文(2002年)によれば、具体的で難しい目標は、「ベストを尽くせ」と励ますよりも、一貫して高い成果につながっていました。「ベストを尽くせ」には外から見える基準がなく、どこまでやれば十分かを、本人がそれぞれに解釈してしまうからです。
ただし、目標を難しくすれば必ず成果が上がるわけではありません。同じ論文は、目標の効果を左右する条件を挙げています。
コミットメント
本人がその目標を本気で目指しているか。目標が難しいほど、ここが効いてきます。目標を達成することが自分にとって大事だと感じられること、達成できそうだと思えることが、コミットメントを高めます。
フィードバック
目標だけを渡すより、進み具合が分かる情報とセットにした方が効果が高くなります。今どこにいるかが分かって初めて、やり方を調整できるからです。
仕事の複雑さ
仕事が複雑になるほど、目標の難しさだけで成果は決まらなくなります。どう達成するかという戦略を見つけられるかどうかが、大きく効いてくるためです。
「決めさせるか、渡すか」の論争と、その答え
では、目標は部下と一緒に決めた方が、成果が上がるのでしょうか。この問いには、研究者のあいだで実際に論争がありました。
レイサム氏の初期の研究では、目標の難しさが同じなら、上司が割り当てた目標でも、部下と一緒に決めた目標でも、成果に差はありませんでした。一方、イスラエルの研究者ミリアム・エレズ氏の研究では、一緒に決めた方が成果は高いという、正反対の結果が出ていました。
そこで2人は、ロック氏を仲介役に、互いの主張を確かめるための実験を共同で組み直します(1988年)。分かったのは、次のことでした。
・割り当てた目標でも、その目的や理由を伝えれば、一緒に決めた目標と同じくらい効果がある
・理由を伝えず「これをやって」とだけ渡した目標は、一緒に決めた目標より、成果が明らかに低い
食い違いの正体は、「決めさせたかどうか」ではなく、「理由を伝えたかどうか」だったのです。
一緒に考えるべきは、目標の数字より道筋
この論争からは、もう一つの知見が出てきました。部下と一緒に決めることの効果は、やる気を高めることより、情報のやりとりにあるというものです。目標の難しさをそろえると、一緒に決めたことによるやる気の差は見られませんでした。一方で、達成のための戦略を一緒に考えた人は、成果が高かったのです。
これは、とくに仕事が複雑な場合に効いてきます。現場の状況を一番よく知っているのは、多くの場合は上司ではなく本人です。道筋を一緒に考えることで、上司の知らない情報が出てきて、達成の方法そのものが良くなります。
僕自身の経験も、この結果と重なります。
以前関わった組織では、3か月分の合計目標だけを会社から伝え、それを誰がどの月にどれだけ担うかは、メンバーが自分たちで割り振っていました。ただ、これは最初からではありません。自分で決めて、失敗も引き受ける経験を段階的に重ねてもらった後のことです。
メンバーが決めた割り振りの合計が、会社の示した目標を上回ることはありませんでした。目標の数字そのものが上がったわけではありません。変わったのは、達成までの道筋を、メンバー自身が状況を見ながら組み立てるようになったことです。
会社とメンバーのあいだで、何をどちらが決めるかの線引きについては、「自走する組織とは?個人の自律だけでは生まれない理由」で書いています。
理由が、本人にとって意味を持つか
理由を伝えることの先には、もう一段の問いがあります。伝えた理由が、本人にとって意味を持つかどうかです。
自己決定理論の流れをくむシェルドン氏とエリオット氏は、1999年の研究で、本人の価値観や関心とつながった目標(自己一致した目標)ほど、努力が長く続き、達成しやすく、達成したときの満足も大きいことを示しました。この研究は学生を対象にした調査から始まり、その後、職場を対象にした研究にも広がっています。
「会社の目標だから」という理由も、理由には違いありません。ただ、それが本人の大事にしていることとつながったとき、目標は初めて自分のものになります。
理由を一方的に伝えるだけでなく、その目標が本人にとって何につながるのかを、一緒に言葉にしてみる価値があります。理由がどう本人の中に取り込まれていくかは、「内発的動機づけとは?「やらされる」が「やりたい」に変わる4段階」でも書いています。
目標設定面談で、上司ができること
ここまでの研究を、下期の目標設定面談に落とし込むと、次の4つになります。
目標は、具体的に、少し難しく置く
「頑張る」「改善する」ではなく、何がどうなれば達成と言えるのかを、数字や状態で決めます。数字にしにくい仕事でも、「月に1回、自分から改善提案を出す」のように、行動で表せば具体的になります。
目標の理由を、必ず伝える
なぜこの数字なのか。チームや会社の、どこにつながるのか。研究が示したように、理由のない割り当てが一番成果を下げます。目標を上司が決める場合でも、ここだけは省かないでください。
道筋は、本人に組み立ててもらう
目標の数字を上司が決めるとしても、どう達成するかは本人に考えてもらいます。月ごとの配分、使う手段、最初に手をつけること。本人が知っている現場の情報が、ここで生きます。
ただし、最初から丸ごと任せられるわけではありません。道筋を組み立てる力も、経験の中で育つものです。はじめは上司が一緒に考え、組み立て方を見せながら、少しずつ本人が考える部分を増やしていきます。任せることと、放っておくことは違います。
途中で進み具合を確かめる場を、先に決めておく
目標とフィードバックはセットで効きます。面談の最後に、次に進み具合を一緒に確かめる日を決めておくだけでも、目標が期末まで放置されることを防げます。
InsideSparkでの実装
InsideSparkでは、自律型人材の5つの段階(自ら学ぶ→考える→計画する→実行する→内省する)の一つとして、「計画する」力を育てています。受講者は、学んだことをもとに自分で計画を立て、日報やAIコーチング「ウチガワ」で、計画と実際の行動のずれを毎日振り返ります。
月に一度の上司報告会では、受講者が自分の計画と進み具合を、自分の言葉で上司に伝えます。上司から目標を受け取るだけでなく、そこに至る道筋を自分で組み立て、説明する経験を、1年間重ねていきます。
この記事のFAQ
数字にできない仕事は、どう目標を立てればいいですか?
結果を数字にできなくても、行動や状態で具体的にすることはできます。「後輩の相談に乗る」ではなく「週に1回、後輩と15分の振り返りの時間を持つ」のように、第三者が見て達成したかどうかが分かる形にすると、目標設定理論の「具体的な目標」の条件を満たせます。
まとめ
・目標は「頑張る」ではなく、何がどうなれば達成かが分かる形で、少し難しく置く
・上司が目標を決める場合でも、なぜその目標なのかの理由は必ず伝える
・目標の数字より、達成の道筋を本人に組み立ててもらう。ただし最初は一緒に考え、任せる部分を少しずつ広げる
・その目標が本人にとって何につながるのかを、一緒に言葉にしてみる
・面談の最後に、進み具合を確かめる次の日程を決めておく
正直に言うと、僕も以前は「自分で決めた目標なら、本人は頑張るはずだ」と思っていました。実際に任せてみて分かったのは、変わるのは目標の高さではなく、そこまでの道を自分で考えるようになることでした。
出典
・Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9), 705-717. https://med.stanford.edu/content/dam/sm/s-spire/documents/PD.locke-and-latham-retrospective_Paper.pdf
・Latham, G. P., Erez, M., & Locke, E. A. (1988). Resolving scientific disputes by the joint design of crucial experiments by the antagonists: Application to the Erez–Latham dispute regarding participation in goal setting. Journal of Applied Psychology, 73(4), 753-772.
・Sheldon, K. M., & Elliot, A. J. (1999). Goal striving, need satisfaction, and longitudinal well-being: The self-concordance model. Journal of Personality and Social Psychology, 76(3), 482-497.



